葉室麟の作品は、主に江戸時代を描いた歴史小説が多いです。無名の人やあまり脚光を浴びていない主人公や登場人物を据えているのが目立ちますね。本記事では葉室麟の作風や経歴とともに、おすすめの作品を紹介します。
目次
葉室麟の作風と経歴
作風や作者の経歴をみていきましょう。葉室麟の小説は映像化されることもあり、目にした人もいるのではないでしょうか。登場人物の繊細な心の動きなどが丁寧に描かれ、胸を打つ場面が少なくありません。
時代小説…武士や武家出身の女性などが主人公
作品は時代小説がほとんどです。敵役も含めて武士や武家の女性、浪人やその家族などの武家の身分から外れた人などが主人公を務めています。有名な歴史上の人物はほとんどいません。世間に生きる平凡な人を描くことで、読者は身近な存在のように感じるのかもしれませんね。
苦難に立ち向かう主人公たち
作中の主人公や周囲の人物はそれぞれ、人には言えぬような大変な問題を抱えています。争いに負けた人や無実の罪に落とされた人、仇討ちを胸に秘めている遺族、事情があって関係を断つことになった者、主君に忠義を尽くす姿など、さまざまです。自身が不利になっても筋を通すことの大切さ、困難でも正義を貫く武士としてのプライドを描いています。
新聞記者から50代で作家デビュー
前職で新聞記者だった作者は、処女作『乾山晩愁(けんざんばんしゅう)』を発表して2004年に歴史文学賞を受賞。2007年に『銀漢の賦(ぎんかんのふ)』で松本清張賞を、2012年には『蜩ノ記(ひぐらしのき)』が直木賞に選ばれます。50代でデビューし、今後の活躍が期待されました。作家活動は12年ほどで、2017年に惜しまれながら亡くなりした。
地方を舞台にした作品
葉室麟の作品は、地方都市とくに九州地方を舞台にした小説が目立ちます。作者が北九州市出身で、地方紙の記者という経験が生かされているかもしれません。九州の藩の歴史や文化を通して、人物の描写に力を添えているようにも見えます。
葉室麟のおすすめ小説8選!直木賞受賞作品も紹介
葉室麟のおすすめ作品を受賞作を含む8編厳選して紹介します。
『蜩ノ記(ひぐらしのき)』(祥伝社文庫)
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藩の取り潰しを免れるために、命をかけても藩主との約束を守ろうとする武士の生きざまを描いた本作品。豊後の羽根藩(うねはん)で、不注意で相手に刀傷を負わせた檀野(だんの)。隠居して家督を譲った彼は、家老の命令で、不義密通の罪で村に幽閉されている戸田(とだ)の監視を命じられます。3年後に切腹する戸田ですが、村の農民のために尽くす様子から檀野は彼が無実ではないのかと疑念を持ち始めます。
『銀漢の賦(ぎんかんのふ)』(文春文庫)
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舞台は江戸時代の寛政(幕府の老中が田沼意次から松平定信に移り変わる時期)。小藩の騒動にからめた、武士たちの熱い友情を描いた小説です。『銀漢』とは、天の川のことで、月ヶ瀬藩の地侍の日下部源五と月ヶ瀬藩の名家老として幕府にも名が知れた松浦将監の間をつなぐ存在。二人は剣術道場で腕を磨きあった親友でしたが、一揆がきっかけで友情にひびが入ってしまうのです。後にあるきっかけで松浦の真意を知り、日下部は彼への協力を決意します。
『散り椿(ちりつばき)』(角川文庫)
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藩を追放された夫が亡き愛妻の最期の願いを叶えようとする姿を描く小説。ただし、妻の狙いは別のところにあったようです。扇野藩で剣豪と名高かった瓜生親兵衛は正義感が強く、上司の不正を訴えます。しかし、新妻と藩から追放の憂き目に。18年後、死別した妻の2つの望みを叶えるために帰藩。藩主の代替わり時期と重なり、再び不穏な動きを察知します。彼は恋敵で、家老と敵対するかつての親友と対峙することに。
本作品は、架空の藩『扇野藩(おうぎのはん)シリーズ』の1つです。『さわらびの譜』『はだれ雪』『青嵐の坂』の舞台にもなっています。
『川あかり』 (双葉文庫)
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美貌の娘との結婚話につられて、家老の暗殺を命じられた臆病者の若い侍、伊東七十郎。川での大立ち回りを通じて、彼が武士として大きく成長する話です。伊東は向こう岸からやってくる家老を待ち伏せしていますが、増水のため川を渡れず、足止めを余儀なくされます。川の通行ができるまで、訳ありの様子の客たちと宿で何日も過ごすことに。助け合ううちに、お互いに友情が芽生え始めます。
『螢草(ほたるぐさ)』(双葉文庫)
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主人公が、父と奉公先の主人の宿敵を倒そうとして奮闘する小説。話の展開の良さと生き生きした登場人物、剣さばきの描写などで人気が高いです。
父が切腹に追い込まれ、家が取り潰された武家の娘・菜々。身分を隠し、風早(かざはや)家の女中として奉公していました。やがて、将来を嘱望されていた風早家の主人が謀略に巻き込まれ、その背後に父を陥れた因縁の敵がいることを察知します。菜々は風早家の人々を救い、父の汚名をそそぐため、御前試合での仇討ちを決意するのです。
『冬姫』(集英社文庫)
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あまり知名度のない身分の高い女性を主人公にした小説。冬姫(織田信長の二女で、蒲生氏郷の正室)は、美しいため、小さい頃から嫉妬されることも多い女性です。父の側室に命を奪われそうになることもありました。信長亡き後に織田家を惨めにさせないよう賢く振る舞い、戦国の乱世を生き抜く様子がみごとです。(武将の奥方についてオカルトめいた記述が見られます。)
『いのちなりけり』(文春文庫)
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時代は5代将軍の綱吉の時代、雨宮蔵人と咲弥夫婦を巡る長編小説です。徳川光圀が奥向の女中を召し出すところからはじまります。小城藩の重臣の一人娘に婿入りすることになった雨宮。妻から『好きな和歌を教えてほしい』と問われ、和歌の素養がない彼は答えられません。教えてくれなければ一緒に寝起きしないと宣言されてしまいます。
ある事件で家は取り潰されて夫婦は離れ離れになり、妻は水戸の徳川家に預かりの身に。18年かかってついに夫は歌をみつけ、命をかけて江戸の屋敷にいる妻のもとに伝えます。『花や散るらん』『影ぞ恋しき』(文春文庫)は続編です。3作とも和歌の一節が表題になっています。
『実朝の首』(角川文庫)
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鎌倉幕府の第3代将軍、源実朝の首がどこに消えたのか、誰が暗殺の首謀者か、立場の異なる登場人物の目を通じて探る内容です。中心に据えるのは、北条義時に討たれた和田義盛一族の生き残り(和田朝盛)。死を覚悟した実朝、鎌倉幕府崩壊や義時の追討を目指す後鳥羽上皇、母であっても冷静に振る舞う北条政子たちの心の動きを冷静に、丁寧に追って史実に迫ろうとしています。
葉室麟をおすすめ!実直に生きる人々を描いた時代小説が好きな人へ
葉室麟の作品をおすすめするのは、まじめに生きる人を描いた時代小説を読みたい人です。武家出身の人が主人公になっていて、主君や義理人情を大切にする姿、正しいことに筋を通して行動する様子に満足できます。はじめての人には、若い主人公の話が読みやすいかもしれません。彼らの成長もテーマの1つになり、爽やかで明るい結末にほっとさせられます。