今村夏子は、2019年に『むらさきのスカートの女』で第161回芥川賞を受賞した小説家です。初めて読むなら、まずはデビュー作の『こちらあみ子』か、短編集の『あひる』の2冊から選ぶのがおすすめです。どちらも中編・短編で読み切りやすく、日常が静かに崩れていく作風の特徴がはっきり出ています。
この記事では、今村夏子の単行本7冊を刊行順に整理したうえで、代表的な6作品のあらすじと読みどころ、読む順番の考え方を紹介します。
今村夏子の受賞歴と作品一覧

今村夏子は1980年広島県生まれ。2010年に「あたらしい娘」で第26回太宰治賞を受賞してデビューし、同作を表題作に改題した『こちらあみ子』で2011年に第24回三島由紀夫賞を受賞しました。その後も受賞を重ね、2019年に『むらさきのスカートの女』で第161回芥川賞を受賞しています。
| 受賞年 | 賞 | 対象作 |
| 2010年 | 第26回 太宰治賞 | 「あたらしい娘」(のちに『こちらあみ子』に改題) |
| 2011年 | 第24回 三島由紀夫賞 | 『こちらあみ子』 |
| 2017年 | 第5回 河合隼雄物語賞 | 『あひる』 |
| 2017年 | 第39回 野間文芸新人賞 | 『星の子』 |
| 2019年 | 第161回 芥川龍之介賞 | 『むらさきのスカートの女』 |
| 2019年 | 咲くやこの花賞(文芸その他部門) | — |
単行本として刊行された作品は、2026年8月時点で次の7冊です。
| 刊行年 | 作品 | 形式 | メモ |
| 2011年 | こちらあみ子 | 中編+短編2編 | デビュー作。2022年に映画化 |
| 2016年 | あひる | 短編集 | 河合隼雄物語賞 |
| 2017年 | 星の子 | 長編 | 野間文芸新人賞。2020年に映画化 |
| 2019年 | 父と私の桜尾通り商店街 | 短編集 | — |
| 2019年 | むらさきのスカートの女 | 中編 | 芥川賞 |
| 2020年 | 木になった亜沙 | 短編集 | — |
| 2022年 | とんこつQ&A | 短編集 | — |
今村夏子の作風は「日常がゆっくり壊れていく」
今村夏子の文章は平易です。難しい語彙も凝った比喩もほとんど使わず、小学生の作文のような素直な文体で書かれます。にもかかわらず読後に不穏さが残るのは、語り手が自分の異常さに気づいていないからです。読者だけが「この人の見ている景色はどこかおかしい」と気づいていく構造になっています。
また、多くの作品で主人公は集団からずれた場所にいます。うまく馴染めない人、悪意なく他人を傷つける人、善意のつもりで踏み込みすぎる人。そうした人物を裁かずに書ききるところが、この作家の特徴です。
日常と非日常が交錯する小説をさらに読みたい方は、村上春樹の短編もおすすめです。

今村夏子はどれから読む?目的別の1冊目
- 作風をいちばん短く試したい → 『あひる』(短編集・表題作は数十ページ)
- 代表作から入りたい → 『むらさきのスカートの女』(芥川賞受賞作・中編)
- 出発点から順に追いたい → 『こちらあみ子』(デビュー作)
- 映画を観てから読みたい → 『星の子』または『こちらあみ子』(いずれも映像化済み)
- いちばん奇妙な設定を読みたい → 『木になった亜沙』
刊行順に読む必要はありません。作品どうしにつながりはなく、どれから読んでも問題なく成立します。
今村夏子のおすすめ作品6選

むらさきのスカートの女|第161回芥川賞受賞作
2019年に第161回芥川賞を受賞した中編で、今村夏子の代表作です。迷ったらこの1冊から読んで問題ありません。
語り手は「わたし」=黄色いカーディガンの女。商店街で近所の子どもたちに知られている「むらさきのスカートの女」に関心を持ち、同じ職場で働けるように仕向けます。距離を縮めていくむらさきのスカートの女と、その様子をひたすら見つめ続ける語り手。読み進めるほど、観察されている側ではなく観察している側の異様さが際立ってきます。
語り手が自分の異常さに気づかないまま語る、という今村夏子の作風がもっとも分かりやすく出た作品です。
あひる|いちばん短く作風を試せる短編集
「あひる」「おばあちゃんの家」「森の兄妹」の3編を収めた短編集で、2017年に第5回河合隼雄物語賞を受賞しました。表題作は第155回芥川賞の候補にもなっています。
表題作「あひる」では、家にやってきたあひるの「のりたま」を目当てに、近所の子どもたちが出入りするようになります。のりたまが病気で預けられ、戻ってきたあひるは以前と様子が違う——けれど、家族は誰もそのことを口にしません。何が起きているのかを説明しないまま話が進むので、読者だけが取り残されます。
1編あたりが短く、この作家が初めてでも読み切れます。「合うかどうかを確かめる1冊目」に向いています。
星の子|唯一の長編・芦田愛菜主演で映画化
2017年に第39回野間文芸新人賞を受賞し、2018年の本屋大賞にノミネートされた長編です。2020年には芦田愛菜主演・大森立嗣監督で映画化されました。
語り手は中学3年生のちひろ。生まれたときから体が弱かったちひろのために、両親はある宗教にのめり込んでいきます。ちひろにとってそれは物心ついたときからの当たり前で、疑う理由がありません。読者が「これは危うい」と感じる場面でも、語り手は淡々としています。その温度差が、この小説の緊張感を作っています。
今村夏子の単行本のなかでは唯一の長編で、家族の物語として通して読めます。映画を先に観てから読んでも成立する1冊です。
こちらあみ子|デビュー作・三島由紀夫賞受賞
デビュー作です。第26回太宰治賞を受賞した中編「あたらしい娘」を「こちらあみ子」に改題した表題作を含む3編を収録し、この単行本で2011年に第24回三島由紀夫賞を受賞しました。2022年には森井勇佑監督で映画化されています。
主人公のあみ子は、思ったことをそのまま口にし、思いついたまま行動する小学生です。悪意はまったくありません。ただ、その素直さが家族や同級生を少しずつ追い詰めていきます。あみ子自身は最後まで、自分が何をしてしまったのかを理解しません。
「悪くない人が、誰かを深く傷つけてしまう」という今村夏子の主題が、いちばん直接的に書かれた作品です。読後感は重く、この作家のなかでも特に人を選びます。
木になった亜沙|設定がいちばん奇妙な短編集
2020年刊行の短編集で、「木になった亜沙」「的になった七未」「ある夜の思い出」の3編を収録しています。
3編とも設定が寓話的です。差し出したものを誰にも受け取ってもらえない亜沙。狙われても決して当たらない七未。それぞれが一つの理不尽な性質だけを背負って生きています。現実的な話ではないのに、「受け取ってもらえない」「届かない」という感覚だけは生々しく残ります。
今村夏子の作品のなかでは、いちばん現実から離れた1冊です。日常を舞台にした作品を先に読んでから手に取ると、この作家の振れ幅が分かります。
とんこつQ&A|現時点で最も新しい単行本(2022年)
2022年刊行の短編集で、「とんこつQ&A」「嘘の道」「良夫婦」「冷たい大根の煮物」の4編を収録しています。2026年8月時点で、今村夏子の最も新しい単行本です。
表題作の舞台は中華料理店「とんこつ」。「いらっしゃいませ」の一言が自分の口から出てこない主人公の今川さんは、書いた文章なら読めることに気づき、接客用のメモを作りためて店に馴染んでいきます。ここまでを取り出せば成長の物語ですが、新しい従業員が入ったあたりから歯車がずれていきます。
過去作を何冊か読んだあとに手に取ると、書き方の変化が分かる1冊です。
監修者の視点:初めての作家は短い作品から入る
田中寛大本を読んできた経験から言うと、初めて読む作家は、いちばん有名な受賞作ではなく短い作品から入るほうが失敗が少ないと感じています。合わなかったときに失うものが少なく、文体に慣れてから長い作品へ進めるからです。
今村夏子は単行本7冊のうち5冊が短編集または中編で、この入り方をとりやすい書き手です。100ページ前後で作風の輪郭がつかめます。
もうひとつ。オンライン古書店を運営していた時期(2019〜2022年)の実感では、中古で長く動き続けるのは、話題になった年に売れた本ではなく、何度も読み返される本でした。文庫化されているかどうかは、その作家が読み継がれているかの目安になります。
今村夏子についてよくある質問
- 今村夏子の代表作は何ですか?
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『むらさきのスカートの女』です。2019年に第161回芥川賞を受賞した中編で、今村夏子の作品でもっとも広く読まれています。
- 今村夏子はどれから読むのがおすすめですか?
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短編集の『あひる』か、デビュー作の『こちらあみ子』です。どちらも短く、作風がはっきり出ています。代表作から入りたい場合は芥川賞受賞作の『むらさきのスカートの女』を選んでください。作品どうしにつながりはないため、刊行順に読む必要はありません。
- 今村夏子の作品で映画化されたものはありますか?
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2作あります。『星の子』が2020年に芦田愛菜主演・大森立嗣監督で、『こちらあみ子』が2022年に森井勇佑監督で映画化されました。
- 今村夏子の単行本は何冊ありますか?
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7冊です(2026年8月時点)。『こちらあみ子』『あひる』『星の子』『父と私の桜尾通り商店街』『むらさきのスカートの女』『木になった亜沙』『とんこつQ&A』の順に刊行されています。
- 今村夏子はどんな賞を受賞していますか?
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太宰治賞(2010年)、三島由紀夫賞(2011年)、河合隼雄物語賞(2017年)、野間文芸新人賞(2017年)、芥川賞(2019年)、咲くやこの花賞(2019年)です。デビューから約10年で主要な文学賞を重ねています。
短い小説から読書を立て直したい方には、小説の読み方のコツをまとめた記事も参考になります。










