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みなさんは、いつか叶えたい“夢“を持っていますか。
もしも夢が叶ったとしても、また新しい夢が出てくるはずです。
しかし、夢が1つしかなかったとしたら……。
『芋粥』は、夢を失ってしまうという危機に直面した1人の人間を描いた物語です。
本記事では、芥川龍之介の著書『芋粥』のあらすじを中心に紹介します。
『芋粥』は1916年9月に『新小説』で発表された芥川龍之介の短編小説です。
作者は『新小説』での執筆が念願だったようで、熱心に創作に打ち込みました。
そうした背景から、作者自身が『芋粥』に確かな自信を持っているようです。
題材となったのは『宇治拾遺物語』で、同年に発表された『鼻』と並んで古典翻案の代表作として多くの読者に親しまれています。
『芋粥』の主な登場人物をご紹介します。
1人目は物語の主人公である「五位」です。
彼は藤原基経に仕える身分の低い役人で、周囲の人々から馬鹿にされています。
2人目は「藤原利仁」です。
彼は五位と同じく藤原基経に仕える役人で、敦賀に館を構えています。
3人目は「狐」です。
狐は、五位と藤原利仁が旅に出かける途中の山に登場し、最終的に五位を助ける存在になります。
元慶の末から仁和のはじめの頃、摂政である藤原基経に仕える人物の中に某という五位の侍がいました。
彼の風貌はだらしなく冴えないもので、侍所にいる者たちは五位に対して冷淡な態度をとっていました。
別当や司などの上役たちは五位に接する際、言語を使わずに身振り手振りでものをいいます。
当然五位は彼らのいわんとすることを理解することができず、理解力のない人物として理不尽に突き放されてしまいました。
しかし、上役たちの悪意を悪意と感じないほどに、五位は臆病な性格だったのです。
上役たちの態度とは裏腹に、同僚たちは明らかな嫌がらせを五位に仕掛けました。
しかし、五位は彼らに対しても決して怒ることなく、ただ「いけぬのう、お身たちは。」というだけです。
周囲の人に軽蔑されながら生きている五位でしたが、1つだけある希望をもっていました。
五位は、芋粥というものに異常なまでの執着心を持っていたのです。
芋粥とは山芋を甘葛の汁で煮込んだもので、五位のような身分のものは滅多に口にすることができない代ものでした。
そんな芋粥を飽きるほど食べたいというのが、五位の唯一の欲望だったのです。
ある年の正月、藤原基経のもとに臨時の来客がありました。
臨時の客には饗宴が催され、侍たちはその残飯を食べることが許されています。
ここで五位はあの芋粥にありつくことができました。
五位が口にできる芋粥の量は微々たるものでしたが、そのせいかいつもよりも美味しく感じられました。
五位が芋粥を一気に飲み干して「何時になったら、これに飽ける事かのう。」と呟くと、近くにいた藤原利仁が「お望みなら、利仁がお飽かせ申そう。」と声をかけてきました。
五位は警戒しながらも欲望に勝つことができず、利仁の申し出に甘えることにしました。
周囲の侍たちはいつも通り五位をからかっているようでしたが、彼らの揶揄など耳に入りません。
五位は空になったお椀をいつまでも見つめて、他愛もなく微笑を浮かべていました。
それから数日後、利仁と五位の2人は馬に揺られて敦賀にある利仁の館に向かいました。
道中で利仁は狐を捕まえて「客人を連れて行くので迎えに来るように。」と言付けをします。
狐さえも自由に操ってしまう利仁をみて、五位はナイーヴな尊敬と賛嘆を漏らしました。
狐に言付けを頼んだ場所に着くと、利仁の迎えが待っていました。
そのまま一行は利仁の館に向かい、一晩を過ごします。
翌朝五位が目を覚ますと、朝食に大量の芋粥が用意されているではありませんか。
五位は利仁に勧められて、無理やり大量の芋粥を口に運びました。
五位はすぐに満腹になりましたが、利仁は無理やり芋粥を飲ませようとしてきます。
そのとき、不意にあの狐が現れて芋粥を飲み始めました。
五位は芋粥を飲む狐を眺めながら、自分自身のことを振り返ります。
五位は周囲の人に馬鹿にされる哀れな男でありながら、芋粥に飽きたいと願う幸福な男でした。
彼はこれ以上芋粥を飲まずに済むと思うと、安心感でいっぱいになったのです。
作者が『芋粥』を通して伝えたかったことは、「人間が持つ“夢“の限界」であると考えられます。
五位は周囲の人に馬鹿にされ続ける哀れな人生を送っていました。
しかし、怒りを見せる様子もなく、自分自身を諦めて生きています。
そんな五位の唯一の夢が、芋粥だったのです。
彼は「芋粥を飽きるほど食べたい」という夢を持って、日々の苦しみを乗り越えてきました。
そして、とうとう夢を現実にする機会を手に入れたのです。
しかし、五位は「このまま芋粥に飽くことが実現されてしまえば、今までの辛抱が無駄になる」と思い始めました。
人間というのは欲深い生きものです。
五位の欲望はささやかなものですが、彼にとっては唯一の欲望でした。
人間が欲望を失うことは、生きる希望を失うことと同義です。
五位は生きる希望を失ってしまうのではないかという不安に駆られ、芋粥に飽きることを躊躇したのです。
人間の持つ“夢“というのは実現してこそ人に喜びを与えると思われがちですが、実はそうではありません。
“夢“は一度現実になると、たちまちその効力を失ってしまいます。
“夢“を持ちながら生きていくことで有意義な時間を過ごすこともできますが、一度その“夢“を失ってしまう恐怖と隣り合わせで生きていかなければいけないのです。
『芋粥』のあらすじを中心に紹介しました。
五位はつらい現実と闘う武器として、“夢“を持ち続けました。
しかし、五位は“夢“が叶ってしまうという不安に駆られます。
苦しい日常に希望を持たせてくれた芋粥の存在は、彼の中でかなり大きなものになっていたのでしょう。
しかし、五位の周りの人間もすべてが悪人だったわけではありません。
作中でも彼に同情を寄せる人物がいるように、必ず味方になってくれる人がいるはずです。
自分の中で大事にしている“夢“と周りにいる人々に支えられ、私たちは生きていくのです。
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金沢大学の文学部で近代文学を専攻していました。在学中の読書量は、年間約250作品を超えています。好きなジャンルは純文学とイヤミスで、作中から自分独自の解釈を生み出すことが私の読書の楽しみです。