遠藤周作(えんどう しゅうさく)の作品で最初に読むなら、第2回谷崎潤一郎賞を受賞した代表作『沈黙』(1966年)がおすすめです。遠藤周作は1923年に東京で生まれ、幼少期を満州の大連で過ごし、1955年に「白い人」で第33回芥川賞を受賞した小説家です。重いテーマに身構えてしまう人は、狐狸庵(こりあん)先生の名で書いたユーモアエッセイや、手紙の書き方を指南した『十頁だけ読んでごらんなさい。十頁たって飽いたらこの本を捨てて下さって宜しい。』から入る方法もあります。
- 遠藤周作の経歴と受賞歴(芥川賞・谷崎潤一郎賞・野間文芸賞・毎日芸術賞・文化勲章)
- 純文学と狐狸庵もののユーモア、2つの作風の違い
- おすすめ作品8選の刊行年・文庫・映画化の一覧とあらすじ
- 初めて読む人向けの読む順番
遠藤周作とは|芥川賞作家で「第三の新人」の一人

遠藤周作(1923〜1996年)は、東京生まれの小説家です。幼少期を満州の大連で過ごし、両親の離婚を機に母とともに帰国して神戸で暮らしました。12歳でカトリックの洗礼を受け、慶應義塾大学文学部仏文科を卒業後、1950年にフランスのリヨンへ留学しています。
1955年に「白い人」で第33回芥川賞を受賞し、同じ時期に登場した安岡章太郎や吉行淳之介らとともに「第三の新人」の一人に数えられます。1995年に文化勲章を受章し、1996年9月29日に亡くなりました。経歴の詳細は長崎市遠藤周作文学館の遠藤周作年譜で確認できます。
主な受賞歴は次のとおりです。
| 年 | 賞 | 対象作品 |
|---|---|---|
| 1955年 | 第33回芥川龍之介賞 | 「白い人」 |
| 1958年 | 第5回新潮社文学賞・第12回毎日出版文化賞 | 『海と毒薬』 |
| 1966年 | 第2回谷崎潤一郎賞 | 『沈黙』 |
| 1980年 | 第33回野間文芸賞 | 『侍』 |
| 1994年 | 第35回毎日芸術賞 | 『深い河』 |
| 1995年 | 文化勲章 | ― |
遠藤周作の作風|純文学と狐狸庵もののユーモア、2つの顔
遠藤周作の作風は、日本人とキリスト教の問題を掘り下げる純文学と、「狐狸庵先生」の名で書いた肩の力の抜けたユーモア作品という、2つの顔を持つのが特徴です。版元の新潮社の著者プロフィールでも、一貫して日本の精神風土とキリスト教の問題を追究する一方、ユーモア作品や歴史小説も多数ある作家として紹介されています。この記事の8作品を、その分類に沿って分けると次のとおりです。
- 日本人とキリスト教を問う純文学:『白い人・黄色い人』『海と毒薬』『沈黙』『深い河』
- 史実をもとにした歴史小説:『侍』『王妃マリー・アントワネット』
- ユーモアのあるエッセイ:『十頁だけ読んでごらんなさい。十頁たって飽いたらこの本を捨てて下さって宜しい。』
- 婦人雑誌に連載された長編:『わたしが・棄てた・女』(『主婦の友』1963年連載)
純文学の系列では、拷問や戦争、裏切りといった極限の状況に置かれた人間の弱さが、繰り返し描かれています。一方、『狐狸庵閑話』(1965年)などの狐狸庵ものは、作家自身のぐうたらな日常をおもしろおかしく描いたエッセイで、純文学とはまったく違う軽い語り口です。
遠藤周作のおすすめ作品8選|刊行年・文庫・映画化の一覧

遠藤周作のおすすめ作品8つを、発表・刊行年と、いま手に取りやすい文庫の情報つきで紹介します。ページ数は版元が公表している文庫版の数字です。
| 作品 | 発表・刊行年 | 文庫(ページ数) | 受賞・映像化など |
|---|---|---|---|
| 『沈黙』 | 1966年 | 新潮文庫(320ページ) | 第2回谷崎潤一郎賞。映画は1971年(篠田正浩監督)と2016年(マーティン・スコセッシ監督) |
| 『海と毒薬』 | 1957年発表 | 新潮文庫(224ページ) | 第5回新潮社文学賞・第12回毎日出版文化賞。映画は1986年(熊井啓監督) |
| 『深い河』 | 1993年 | 講談社文庫 新装版(400ページ) | 第35回毎日芸術賞。映画は1995年(熊井啓監督) |
| 『白い人・黄色い人』 | 「白い人」1955年 | 新潮文庫(208ページ) | 「白い人」で第33回芥川賞 |
| 『十頁だけ読んでごらんなさい。十頁たって飽いたらこの本を捨てて下さって宜しい。』 | 2006年(約半世紀を経て見つかった原稿) | 新潮文庫(192ページ) | ― |
| 『わたしが・棄てた・女』 | 1964年 | 講談社文庫 新装版(352ページ) | 映画は1969年『私が棄てた女』(浦山桐郎監督)と1997年『愛する』(熊井啓監督)。音楽座ミュージカル『泣かないで』(1994年初演) |
| 『侍』 | 1980年 | 新潮文庫(512ページ) | 第33回野間文芸賞 |
| 『王妃マリー・アントワネット』 | 1979〜1980年 | 新潮文庫 上下巻(496・464ページ) | 東宝ミュージカル『マリー・アントワネット』(2006年初演)の原作 |
『沈黙』(1966年)|第2回谷崎潤一郎賞を受賞した代表作
遠藤周作を代表する長編で、最初の1冊に選ぶならこの作品です。舞台は江戸時代初期、キリスト教が禁じられていた日本。師が棄教したという知らせを受け、真相を確かめるために潜入したポルトガル人司祭ロドリゴは、かくまってくれた信徒たちが捕らえられ、拷問を受けて殉教していく姿を目の当たりにし、自らも背教するかどうかの選択を迫られます。
新潮社の作品紹介によると、遠藤周作は講演で、踏み絵を見たときの気持ちと「神の沈黙」という2つのテーマを重ねて書いたと語っています。1971年に篠田正浩監督が映画化し(遠藤周作も脚本に参加)、2016年にはマーティン・スコセッシ監督が『沈黙 -サイレンス-』として映画化しました(日本公開は2017年1月)。
『海と毒薬』(1957年発表)|実在の事件を題材に日本人の罪の意識を問う小説
第二次世界大戦末期に九州の大学病院で行われた、捕虜の米兵に対する生体解剖事件を題材にした小説です。作中では大学名を伏せて「F市」の大学病院とし、登場人物も創作の人物として描いています。
中心になるのは、この解剖に加わっていく若い医師・勝呂です。参加した者たちは特別に異常な人間だったのか、なぜ残虐な行為を拒めなかったのか。周囲に流されて一線を越えてしまう人間の心理を通して、神を持たない日本人の罪の意識を問いかけます。新潮文庫で224ページと、代表作の中では短めなのも手に取りやすい点です。1986年に熊井啓監督が映画化し、第37回ベルリン国際映画祭で銀熊賞を受賞しました。
罪を犯した人間の心理を掘り下げる物語に惹かれた人は、推理小説の分野で謎と人間の内面を描く法月綸太郎の作品もあわせてチェックしてみてください。

『深い河』(1993年)|第35回毎日芸術賞を受賞した晩年の代表作
自分の生き方について、立ち止まって考えたい人におすすめの長編です。インドへのツアーに参加した日本人たちは、妻を亡くした悲しみや、埋められない心の空白など、それぞれに喪失を抱えています。ガンジス河のほとりで、彼らは自分が本当に何を信じ、何に支えられて生きてきたのかを見つめ直していきます。
『沈黙』から四半世紀以上を経て刊行された晩年の作品で、日本人とキリスト教という遠藤周作が生涯追い続けたテーマに、あらためて向き合った長編です。1995年には熊井啓監督が映画化し、秋吉久美子や奥田瑛二が出演しました。
『白い人・黄色い人』(「白い人」1955年)|芥川賞受賞作を収めた初期作品集
芥川賞受賞作「白い人」と「黄色い人」の2作を1冊に収めた、遠藤周作の初期作品です。人間の中にひそむ悪と、それでも赦されうるのかという問いを扱っています。
- 「白い人」:フランス人でありながらナチスのゲシュタポの手先となった主人公が、神のために拷問に耐える旧友の姿を前に、残酷な行為へと駆り立てられていく物語
- 「黄色い人」:神父を官憲に売り渡し、キリストを試そうとする若い日本人クリスチャンを描いた物語
文庫で208ページと短く、芥川賞を受賞した初期の作品から遠藤周作を読んでみたい人に向いています。
『十頁だけ読んでごらんなさい。十頁たって飽いたらこの本を捨てて下さって宜しい。』(新潮文庫・2009年)|手紙の書き方を指南するエッセイ
重い長編の前に、遠藤周作の軽やかな語り口に触れたい人におすすめです。相手の心を動かす手紙の書き方を、ユーモアを交えて教える一冊で、恋の告白やデートの誘い、病気見舞い、お悔やみなど、場面ごとの文例が数多く紹介されています。
執筆から約半世紀を経て見つかった未発表原稿を書籍化したもので、単行本は2006年(海竜社)、新潮文庫版は2009年に刊行されています。手紙の心得はメールやメッセージにもそのまま応用できる内容です。
『わたしが・棄てた・女』(1964年)|映画とミュージカルの原作になった長編
ひたむきに生きる一人の女性の姿を通して、本当の愛とは何かを考えたい人におすすめです。婦人雑誌『主婦の友』に1963年に連載され、1964年に単行本になりました。
大学生の吉岡努は、雑誌の文通欄で知り合った田舎出身の娘・森田ミツと関係を持ったあと、あっさりと彼女を棄てます。やがて吉岡は出世につながる縁談を選び、孤独で貧しい暮らしの中で彼からの連絡を待ち続けたミツは、過酷な運命に翻弄されていきます。物語は、吉岡の手記と、ミツの側から描く章で組み立てられています。
1969年に浦山桐郎監督の映画『私が棄てた女』、1997年に熊井啓監督の映画『愛する』として映像化され、1994年には音楽座ミュージカル『泣かないで』として舞台化されました。
『侍』(1980年)|支倉常長をモデルにした第33回野間文芸賞の歴史小説
江戸時代初期を舞台にした歴史小説を読みたい人におすすめです。主人公のモデルは、伊達政宗の命でヨーロッパへ派遣された支倉常長。作中では東北の藩に仕える下級武士「長谷倉六右衛門」として描かれます。
藩主の命でローマ法王への親書を託された侍は、宣教師ベラスコとともに、メキシコ、スペイン、ローマへと足かけ7年に及ぶ旅に出ます。使命を果たすために洗礼を受けますが、ようやく帰国すると、日本はキリシタン禁制と鎖国へと大きく舵を切っていました。政治の思惑と時代の流れに翻弄される一人の武士の生涯を描いた作品です。
伊達政宗その人を主人公にした歴史小説も読んでみたい人は、山岡荘八のおすすめ歴史小説を紹介した記事もあわせてどうぞ。
『王妃マリー・アントワネット』(1979〜1980年)|ミュージカルの原作になった歴史小説
フランス革命に翻弄された王妃の生涯を、物語として味わいたい人におすすめです。14歳でオーストリアからフランスへ嫁いだ少女が、ヴェルサイユ宮殿で王妃となり、革命の中で断頭台に上るまでを描いています。
王妃と対照的な境遇の貧しい少女マルグリットをはじめ、フェルセン伯爵、サド侯爵、ミラボーといった人物が交錯する群像劇でもあります。朝日新聞社から全3巻で刊行され、現在は新潮文庫の上下巻で読めます。2006年に東宝が世界初演したミュージカル『マリー・アントワネット』(脚本ミヒャエル・クンツェ、音楽シルヴェスター・リーヴァイ)の原作です。
遠藤周作を読む順番|初めてなら『沈黙』か、軽い作品から
遠藤周作は作品同士に続き物の関係がないため、どの作品から読んでも問題ありません。そのうえで、初めて読む人には次の2つの順番をおすすめします。
代表作から入る順番
- 『沈黙』:谷崎潤一郎賞の代表作で、遠藤文学の中心にある問いをつかむ
- 『深い河』:晩年の代表作で、同じテーマがどう広がったかを読む
- 『侍』:歴史小説として、史実の人物に重ねた物語を味わう
重さに慣れながら進む順番
- 『十頁だけ読んでごらんなさい。…』:エッセイで遠藤周作の語り口に慣れる
- 『わたしが・棄てた・女』:恋愛を軸にした物語から、長編に入る
- 『海と毒薬』:224ページと短めの作品で、重いテーマに触れる
- 『沈黙』:代表作に進む
エッセイをもっと読みたくなったら、狐狸庵ものの『狐狸庵閑話』も候補になります。ほかの作家のエッセイも含めて探したい人は、エッセイのおすすめを気分別に紹介した記事も参考にしてください。
監修者の視点:遠藤周作は重い長編と軽いエッセイを交互に読む
田中寛大大学院で社会学の専門書を読んでいた時期に身についたのは、重い本を何冊も続けて読まず、あいだに軽い読み物を挟むという読み方です。重い本ばかりが続くと途中で手が止まりやすく、読む量を増やすより重さの配分を考えるほうが、結果的に読み通せると感じてきました。
遠藤周作は、この配分を1人の作家の中で組み立てやすい書き手です。『沈黙』や『海と毒薬』のように人間の弱さや罪を正面から扱う長編がある一方で、狐狸庵先生の名で書いたユーモアのあるエッセイや、手紙の書き方を指南した『十頁だけ読んでごらんなさい。十頁たって飽いたらこの本を捨てて下さって宜しい。』のような軽い読み物も残しています。重い長編を1冊読み終えたら、次は同じ作家のエッセイを挟む。そうすると構えずに次の長編へ進みやすくなるので、遠藤周作は重い作品と軽い作品を交互に読むことをおすすめします。
遠藤周作のおすすめ作品に関するよくある質問

- 遠藤周作のおすすめ作品で、最初に読むならどれですか?
-
第2回谷崎潤一郎賞を受賞した代表作『沈黙』(1966年・新潮文庫)がおすすめです。重いテーマに不安がある場合は、手紙の書き方を指南したエッセイ『十頁だけ読んでごらんなさい。十頁たって飽いたらこの本を捨てて下さって宜しい。』から入る方法もあります。
- 遠藤周作の代表作は何ですか?
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もっともよく知られた代表作は『沈黙』です。ほかに、第5回新潮社文学賞と第12回毎日出版文化賞の『海と毒薬』、第33回野間文芸賞の『侍』、第35回毎日芸術賞の『深い河』が挙げられます。どれを最高傑作とするかは読み手によって分かれます。
- 遠藤周作の作風の特徴は?
-
日本の精神風土とキリスト教の問題を掘り下げる純文学と、「狐狸庵先生」の名で書いたユーモアのあるエッセイという、2つの顔を持つのが特徴です。純文学では、極限の状況に置かれた人間の弱さが繰り返し描かれています。
- 遠藤周作の作品に読む順番はありますか?
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いいえ、作品同士に続き物の関係はないので、どれから読んでもかまいません。迷ったら『沈黙』→『深い河』→『侍』の順、重さに慣れながら進みたいなら、エッセイの『十頁だけ読んでごらんなさい。…』→『わたしが・棄てた・女』→『海と毒薬』→『沈黙』の順がおすすめです。
- 遠藤周作のエッセイでおすすめはありますか?
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はい、手紙の書き方をユーモアを交えて教える『十頁だけ読んでごらんなさい。十頁たって飽いたらこの本を捨てて下さって宜しい。』(新潮文庫)が読みやすいです。狐狸庵ものを読みたいなら、1965年刊行の『狐狸庵閑話』があります。
- 遠藤周作の作品で映画化されたものは?
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主なものは『沈黙』(1971年・篠田正浩監督、2016年・マーティン・スコセッシ監督)、『海と毒薬』(1986年・熊井啓監督)、『深い河』(1995年・熊井啓監督)、『わたしが・棄てた・女』(1969年『私が棄てた女』浦山桐郎監督、1997年『愛する』熊井啓監督)です。
まとめ|遠藤周作は『沈黙』から、重さが気になるならエッセイから
遠藤周作の作品を初めて読むなら、第2回谷崎潤一郎賞を受賞した代表作『沈黙』から始めるのがおすすめです。人間の弱さや罪を正面から描いた純文学が中心の作家ですが、狐狸庵先生の名で書いたユーモアのあるエッセイや、史実をもとにした歴史小説も残しています。この記事で紹介した8作品は次のとおりです。
- 代表作から読むなら:『沈黙』『海と毒薬』『深い河』
- 芥川賞受賞作から読むなら:『白い人・黄色い人』
- 歴史小説を読むなら:『侍』『王妃マリー・アントワネット』
- 軽く読み始めたいなら:『十頁だけ読んでごらんなさい。…』『わたしが・棄てた・女』










