有栖川有栖は1959年生まれ・大阪府出身の推理小説作家で、トリックと論理を正面から組み立てる本格ミステリの書き手です。主要シリーズは学生アリス(江神二郎)/作家アリス(火村英生)/ソラ(空閑純)/濱地健三郎の4系統あります。
最初の1冊としておすすめなのは短編集『ロシア紅茶の謎』。1話が短く、火村英生とアリスの関係もそこで掴めます。長編から入るなら、デビュー作の『月光ゲーム Yの悲劇’88』です。
この記事では、おすすめ作品10選と、火村英生の「トラウマ」と呼ばれる過去、4シリーズの読む順番をまとめます。
有栖川有栖とは?1959年大阪生まれの本格ミステリ作家

有栖川有栖は1959年(昭和34年)に大阪府で生まれた推理小説作家です。小学生のころに江戸川乱歩賞へ応募しているほど、早い段階から推理作家を志していました。
作風の特徴は次の3点です。
- 本格ミステリ:手がかりを読者に開示したうえで論理で解く。前期エラリー・クイーンの影響を受けている
- クローズドサークル:噴火・台風・土砂崩れなどで外部と切り離された場所を舞台にする
- 関西が舞台:大阪・京都・兵庫を中心に、実在の土地を使って書かれることが多い
語り口が軽く、猟奇的な描写に寄りすぎないので、推理小説の暗さが苦手な人でも読み進めやすいのが特徴です。漫画化・ドラマ化された作品も複数あります。
火村英生の「トラウマ」とは?人を殺したいと思った過去
作家アリスシリーズの探偵役・火村英生には、「人を殺したいと思ったことがある」と自ら語る過去があります。これが読者の間で「火村のトラウマ」と呼ばれているものです。
火村は京都の私立大学・英都大学社会学部の准教授で、専門は犯罪社会学(シリーズ開始時は助教授)。つまり犯罪を研究する立場にありながら、自分のなかに殺意を抱えたことがあるという設定です。彼が犯人を追い詰めることに執着する理由もここに接続しています。
この過去は1作で明かされて終わるものではなく、シリーズ全体を通して少しずつ示されるのが読みどころです。そのため、火村の人物像を追いたい場合は、短編の寄せ集めではなく刊行順に読むほうが積み上がります。
有栖川有栖のおすすめ作品10選

初めて読む人向けに10作を選びました。先に一覧です。
| 作品 | シリーズ | 長編/短編 | こんな人に |
|---|---|---|---|
| 月光ゲーム Yの悲劇’88 | 学生アリス | 長編 | デビュー作から順に読みたい |
| 孤島パズル | 学生アリス | 長編 | 宝探し・パズル的な謎解きが好き |
| 双頭の悪魔 | 学生アリス | 長編 | クローズドサークルの傑作を読みたい |
| ロシア紅茶の謎 | 国名シリーズ | 短編集 | まず1話だけ試したい(最初の1冊) |
| ダリの繭 | 作家アリス | 長編 | 火村とアリスの関係を掘りたい |
| 46番目の密室 | 作家アリス | 長編 | 密室トリックが読みたい |
| スウェーデン館の謎 | 国名シリーズ | 短編集 | 人の心の動きを丁寧に読みたい |
| 海のある奈良に死す | 作家アリス | 長編 | 旅情ミステリが好き |
| ブラジル蝶の謎 | 国名シリーズ | 短編集 | 意外な犯人に驚きたい |
| 朱色の研究 | 作家アリス | 長編 | 余韻の残る長編が読みたい |
月光ゲーム Yの悲劇’88|デビュー作
有栖川有栖のデビュー作(1989年)で、学生アリスシリーズの第1作です。クローズドサークルとダイイングメッセージの両方が読めるので、この作家の型を最初に知るのに向いています。
英都大学推理小説研究会のメンバーが矢吹山のキャンプ場で夏合宿を行っていたところ、山が噴火。山崩れで脱出口を塞がれます。他大学の学生が「Y」の文字を残して次々に命を落とし、部長の江神二郎が身近にいる犯人を突き止めようとする——という筋立てです。
孤島パズル|学生アリス第2作
江神が探偵役、アリスが助手を務める2作目です。手がかりを集めて宝の在処を割り出していく構成なので、パズルとして解く楽しさが強い作品です。
新入部員の有馬麻里亜(マリア)に誘われ、江神とアリスは絶海の孤島・嘉敷島へ。島にはマリアの伯父の遺産であるダイヤモンドが隠され、地図と遺言状にヒントがあるといいます。台風が近づくなか、マリアの親族がライフルで撃たれているのが見つかります。
双頭の悪魔|クローズドサークル2つを同時に扱う
学生アリスの長編3作目です。2つのクローズドサークルが同時に成立するという構成で、シリーズでもっとも評価が高い作品とされています。
前作の事件で傷ついたマリアが高知県の山奥・木更村へ失踪。連れ戻しに向かった一行のうち、江神だけが村に潜入できます。隣の夏森村に残ったアリスたち3人は、村境の橋が豪雨で流され、さらに土砂崩れで交通も断たれます。連絡が取れない状態で、両方の村で殺人が起きるという展開です。
ロシア紅茶の謎|最初の1冊におすすめ
国名シリーズの第1作(1994年)で、短編集です。探偵役は英都大学社会学部の准教授・火村英生、語り手は推理作家の有栖川有栖(アリス)。1話が短く読み切れるので、この作家を試す1冊目として最適です。
表題作は、作詞家がパーティの最中に毒を盛られる事件。紅茶を飲んだのは確実なのに、カップからも砂糖からも毒が検出されません。同じ飲み物を飲んだ複数人のうち、被害者だけに毒を届けた方法が分からない——という謎です。
ダリの繭|火村とアリスの関係が見える長編
火村英生が探偵役を務める長編です。事件そのものより、火村とアリスのやり取りやアリスの過去への思いが見える点が読みどころです。
アリスの新作完成と火村の誕生日を祝う食事の場で、ダリを愛好して同じ髭を生やした宝石店社長と、その秘書を見かけます。後日、社長は瞑想用のカプセルの中で髭を剃られた状態で発見されます。容疑をかけられたのは社長の腹違いの弟で、アリスの友人でした。
46番目の密室|作家アリスシリーズの第1作
作家アリスシリーズの第1長編(1992年3月・講談社ノベルス)です。密室トリックを正面から扱っているので、ジョン・ディクスン・カーのような密室物が好きな人に向いています。
「日本のジョン・ディクスン・カー」と呼ばれ、45のトリックを発表してきた大御所作家が、密室状態で殺されます。46番目の新作を発表したら引退すると宣言していた、その直後の出来事でした。舞台は雪深い邸宅で、アリスと火村を含む作家や出版関係者が招かれたパーティの夜です。
スウェーデン館の謎|国名シリーズ第2作
国名シリーズの第2作(1995年)です。トリックよりも人の心の動きを丁寧に追う作品で、シリーズのなかでは読後に残るものが大きいほうです。
取材で福島の裏磐梯のペンションに泊まったアリスは、近くの「スウェーデン館」に招かれます。翌朝、館の招待客が遺体で見つかりますが、外部から人が入った形跡がなく密室状態。アリスは火村に助けを求めます。事件は館の主人夫妻の過去に関わっていきます。
海のある奈良に死す|舞台は福井県小浜市
作家アリスシリーズの長編(1995年)です。「海のある奈良」とは、若狭湾に面し社寺や遺跡が多いことからそう呼ばれる福井県小浜市を指します。
出版社でアリスと会った同業の人気作家が、次回作で人魚を扱うため「行ってくる。『海のある奈良』へ」と言い残して出かけます。翌日、福井県の若狭湾でその作家が死亡した状態で発見されます。最後に話した関係者として事情聴取を受けたアリスは、取材ノートが見つからない点を不審に思い、火村に調査を頼みます。
なお、この作品は現在では映像化が難しいといわれています。トリックが写真の現像を扱う店舗と機器の存在を前提にしているため、それらがほぼ姿を消した現在では成立しにくくなっています。
ブラジル蝶の謎|意外な犯人
国名シリーズの第3作(1996年)です。人の盲点を突いたトリックで、真相が分かったあとに唸らされるタイプの作品です。
亡くなった金融業経営者の家で、訪ねてきた弟が一室で死亡しているのが見つかります。天井には蝶の標本が貼られ、傍らに携帯電話がありました。弟は十数年、人里離れた場所で暮らしていたようです。容疑者が多く犯人が絞れないため、火村とアリスに協力が要請されます。
朱色の研究|『緋色の研究』を意識した長編
作家アリスシリーズの長編(1997年)です。題名はコナン・ドイルのホームズ第1作『緋色の研究』を意識したもので、大阪と和歌山を舞台に、現在と過去の事件が結びついていきます。
肉親の焼死事件をきっかけに、朱色の夕焼けを恐れる女子学生が火村に事件を依頼します。そこへ火村を挑発するように事件を予告する電話が入り、女子学生の叔父が他殺体で見つかります。朱色は火のイメージであると同時に、登場人物の心の傷を象徴する色として使われているのが、この作品の余韻につながっています。
有栖川有栖のシリーズと読む順番

有栖川有栖はシリーズによって読み方の前提が変わります。まとめると次のとおりです。
| シリーズ | 探偵役 | 刊行状況(2026年8月時点) | 読む順番 |
|---|---|---|---|
| 学生アリス(江神二郎) | 江神二郎 | 長編は全5作の予定で4作刊行済み・短編集は全2冊の予定で1冊刊行済み | 刊行順(人物の関係が巻をまたいで動く) |
| 作家アリス(火村英生) | 火村英生 | 長編・短編集ともに多数 | 刊行順が望ましい |
| 国名シリーズ | 火村英生 | 全11作 | 順不同でも成立 |
| ソラ(空閑純) | 空閑純 | 3作 | 刊行順(連作) |
| 濱地健三郎 | 濱地健三郎 | 短編集4冊 | 順不同でも可 |
学生アリスシリーズ(江神二郎シリーズ)
探偵役は江神二郎、助手役は有栖川有栖と有馬麻里亜。京都の英都大学「推理小説研究会(EMC)」の部員たちが事件に巻き込まれます。合宿先での自然災害による孤立や孤島など、クローズドサークルが徹底されているシリーズです。
長編は全5作の予定で、2026年8月時点で4作が刊行されています(『女王国の城』以降、新作長編は出ていません)。
- 月光ゲーム Yの悲劇’88(1989年1月)
- 孤島パズル(1989年7月)
- 双頭の悪魔(1992年2月)
- 女王国の城(2007年9月)
短編集は全2冊の予定で、1冊目の『江神二郎の洞察』(2012年10月)が刊行済みです。アリスの入学後1年間を描いており、マリアがEMCに加わるまでが収められています。
作家アリスシリーズ(火村英生シリーズ)
探偵役は犯罪社会学者の火村英生、ワトソン役は友人の推理作家・有栖川有栖です。大部分がアリスの一人称で進みます。舞台は大阪・兵庫・京都などで、火村は各府県警の協力者として捜査に参加します。
事件現場や人間関係の描写が細かく、破綻のないトリックを求める読者向けのシリーズです。上で触れた火村の過去も、このシリーズを追うことで見えてきます。
国名シリーズ(全11作)
作家アリスシリーズのうち、表題に国名が付いた作品群です。エラリー・クイーン前期の同名シリーズを意識しており、短編集が中心なので順不同でも読めます。
2024年8月に『日本扇の謎』が刊行され、シリーズ第11作になりました(6年ぶりの新刊で、シリーズ30周年の節目にあたります)。刊行順は次のとおりです。
- ロシア紅茶の謎(1994年8月)
- スウェーデン館の謎(1995年5月)
- ブラジル蝶の謎(1996年5月)
- 英国庭園の謎(1997年6月)
- ペルシャ猫の謎(1999年5月)
- マレー鉄道の謎(2002年5月)
- スイス時計の謎(2003年5月)
- モロッコ水晶の謎(2005年3月)
- インド倶楽部の謎(2018年9月)
- カナダ金貨の謎(2019年9月)
- 日本扇の謎(2024年8月)
ソラシリーズ(空閑純シリーズ)
私人が探偵行為をすることを法律で禁じた架空の日本が舞台です。現在の日本とパラレルワールドの関係にある設定で、元探偵の母親が事件に巻き込まれたことをきっかけに、10代後半の少女・空閑純が探偵を目指していきます。
本格ミステリというより青春小説やSFの要素が強いので、推理小説を読み慣れていない人でも入りやすいシリーズです。
- 闇の喇叭(2010年6月)
- 真夜中の探偵(2011年9月)
- 論理爆弾(2012年12月)
濱地健三郎シリーズ(短編集4冊)
幽霊を視る力と推理力を併せ持つ濱地健三郎が探偵役、助手はユリエ。ホラーとミステリーを組み合わせたシリーズで、順不同でも読めますが、人物の関係を追うなら刊行順が分かりやすくなります。
2025年10月に第4作『濱地健三郎の奇かる事件簿』が刊行されました。
- 濱地健三郎の霊なる事件簿(2017年7月)
- 濱地健三郎の幽たる事件簿(2020年5月)
- 濱地健三郎の呪える事件簿(2022年9月)
- 濱地健三郎の奇かる事件簿(2025年10月)
同じ新本格の世代でいうと、歌野晶午や、同じく大阪を拠点に本格ミステリを書く芦辺拓もあわせて読まれています。
監修者の視点:シリーズごとに読み方の前提が違う
田中寛大有栖川有栖は、シリーズによって読み方の前提が変わる作家です。学生アリスは登場人物の関係が巻をまたいで動くので刊行順に読む必要がありますが、国名シリーズは1話完結の短編が中心なので順不同でも成立します。ここを取り違えると、面白さが目減りします。
一橋大学大学院で論証を追う文章を読んでいた時期の感覚でいうと、この作家の本格ものは論理の運びが追いやすい部類です。手がかりが読者に開示された地点が明示されるので、読み終えたあとに振り返って確認できます。
最初の1冊は短編集の『ロシア紅茶の謎』をおすすめします。1話が短く、火村とアリスの関係もそこで掴めるので、長編に進むかどうかを早く判断できるからです。
よくある質問
- 有栖川有栖は何から読むのがおすすめですか?
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短編集の『ロシア紅茶の謎』(国名シリーズ第1作・1994年)です。1話が短く、探偵役の火村英生と語り手のアリスの関係もそこで掴めます。長編から入りたい場合は、デビュー作の『月光ゲーム Yの悲劇’88』(1989年)が起点になります。
- 火村英生の「トラウマ」とは何ですか?
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「人を殺したいと思ったことがある」と自ら語る過去のことです。火村は犯罪社会学を専門とする英都大学社会学部の准教授でありながら、自分のなかに殺意を抱えたことがあるという設定で、これが犯人を追い詰めることへの執着につながっています。1作で明かされるものではなく、シリーズを通して少しずつ示されます。
- 有栖川有栖の代表作はどれですか?
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学生アリスシリーズでは『双頭の悪魔』(1992年)、作家アリスシリーズでは『朱色の研究』(1997年)や国名シリーズの各作が挙げられます。『双頭の悪魔』は2つのクローズドサークルを同時に成立させた構成で、シリーズでもっとも評価が高い作品とされています。
- 国名シリーズは何作ありますか?順番に読む必要はありますか?
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2024年8月刊行の『日本扇の謎』で全11作です。短編集が中心で1話完結なので、順不同でも読めます。ただし火村とアリスの関係の変化を追いたい場合は、『ロシア紅茶の謎』から刊行順に読むほうが分かりやすくなります。
- 学生アリスシリーズは完結していますか?
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完結していません。長編は全5作の予定で、2026年8月時点では4作目の『女王国の城』(2007年)までが刊行されています。短編集も全2冊の予定で、1冊目の『江神二郎の洞察』(2012年)のみ刊行済みです。










