『徒然草(つれづれぐさ)』を読んだことはありますか。古文の授業で習った人もいるかもしれません。
本記事では『徒然草』の内容の説明や代表的な章段の紹介をします。
目次
『徒然草』の内容(作者やジャンルなど)を解説
『徒然草』の内容はどのようなものでしょうか。作者の紹介やジャンルなども含めて解説していきます。
作者は『吉田兼好』(よしだけんこう)
『徒然草』を書いたのは鎌倉末期~南北朝時代初期頃の『吉田兼好』。朝廷の下級貴族で『卜部兼好(うらべかねよし)』と名乗り、第93代後伏見天皇、第94代の後二条天皇に仕えていました。(実際は『卜部』が正しいという説が有力)名前を『兼好(けんこう)』と音読みするのは、出家をして『兼好法師(けんこうほうし)』と号したからです。
ジャンルは随筆
本作品のジャンルは随筆。清少納言の『枕草子』、鴨長明(かものちょうめい)の『方丈記(ほうじょうき)』と合わせて日本三大随筆といわれています。『徒然』とは、何もすることがなく暇、手持ちぶさたという意味。『草』は書籍のように綴じた冊子、文章などの下書きのことです。
『徒然草』の書かれた時代と背景
吉田兼好によって書かれたのは1320~1330年代頃。作者が宮仕えから引退して出家をした後の40~50代くらいの年齢です。武士が活躍する動きは一時衰えたとしても、再度息を吹き返して強まっている時期ですね。当時の世の動きや人の行動に対して、賛美することもありますし、皮肉や辛辣な表現もあります。古き良き時代を懐かしみ、本来人としてあるべき姿を説いている様子もみられますね。
無常観への言及
兼好が生きた鎌倉末期~南北朝初期は、鎌倉幕府の執権政治の体制が崩れ、建武の新政で一時的に貴族が盛り返したものの、足利尊氏の台頭で武家政権が復活する兆しを見せた時代。さらに後醍醐天皇方の南朝と足利幕府方の北朝で皇位を争うように。次第に人々に無常観が浸透します。
無常観は『すべての物はいつまでも同じ状態ではいられない』という考え方です。勢いがあった人や一族も衰えてまた勢いづくなど変化を繰り返している、生き物はいずれは命を落とすようなかりそめの存在であるということ。
兼好はどうせ何をしても滅びるから、先々のことを考えても仕方がないとあきらめつつも前向きにとらえていた様子です。不遇を嘆いても仕方なく、その一瞬を大切にしようと訴えかけているかのようです。
『徒然草』の有名な章段8選と内容を紹介
『徒然草』は全部で244段の章段から構成された随筆。すべてを記載するのは難しいため、代表的な章段を抜粋して10選紹介します。
『序段』心に浮かぶことを書きつけた内容と説明
書き始めるにあたって、作者は『徒然草』の内容を説明しています。(俗世間から離れて)暇にまかせて紙に書きつけたものということ。その日のできごとを書いた日記ではなく、自然と頭に浮かんだこと、自分の感じたことを筆が進むように書きとめた話をまとめたということです。
『第11段』趣のある庭園だったのに
神無月(10月)頃に趣がある草庵を通りかかった作者が、その庭園にがっかりしたという話。わびさびを感じるもの悲しい様子の庭園で、仏様のお供え用の棚に、紅葉や菊の花びらを散らしているのを見て風情を感じました。しかし、多くの実が付いたみかんの木を頑丈な柵で囲ってある様子を見るにつけて、非常に残念だったということ。みかん泥棒を避けたい家主が欲深く、兼好は草庵のわびしさと合わないと興味をそがれてしまったのかもしれません。
『第13段』読書の効能と兼好おすすめの本
この章段は、読書をする効果を述べています。じっくりと一人で本を読むと、その本の作者や登場人物と対話をしているような気持ちに。とくに古い時代の本であれば、自分が実際に知らない昔の人たちと友達になれる良さがあると説いています。兼好のおすすめ本は中国の作品『文選』『白氏文集』など。現代に生きる人が『徒然草』を読むと作者を身近に感じられるかもしれません。
『第25段』権勢を誇った藤原道長だが
平安時代に権力を誇った藤原氏への無常観を、皮肉たっぷりに書いています。平安時代に藤原道長によって造営された豪奢な法住寺。度重なる戦乱で南門や金堂は失われています(作者が書いた当時、9体の仏像と法華堂のみ存在)。道長自身や一族のみが未来永劫栄えることを祈願して造っても、いつまで存在するかわかりません。法住寺の様子から、無常から逃れられないと述べています。
『第52段』仁和寺の法師が参拝で失敗
作者は、失敗しないように人に意見をきかないといけないと、皮肉たっぷりに記しています。独りよがりはよくないということですね。仁和寺の老僧はかねてから参拝したかった石清水八幡宮へ行くことにしました。せっかく行ったにもかかわらず麓の神社だけにお参りし、山には登らなかったと話しています。実は、山を登らないと岩清水八幡宮には行ったことになりません。
『第137段』恋愛と桜の開花状態を比較
有名なエピソードの一つで、桜の花の美しさを恋愛の趣と比較して味わい深く語っています。桜の花は満開だけを楽しむものではなく、開花を控えたつぼみ、散りゆく花びらが舞いながら庭に敷き詰められていく様子も美しいとのこと。一心に会おうとするだけが恋愛の良さではなく、会えない辛さや終わった恋の相手との逢瀬を懐かしく感じることも恋の素晴らしさをわかっているということです。
『第141段』関東と京都!人の違いについて
関東と関西の人の違いを書いた章段。兼好も京都に親しみがある人のため、嬉しかったのではないでしょうか。ある関東の人が『京都の人は建前と本音に違いがある』と付き合いづらさを口にします。聞きつけた関東出身の高僧は『京都の人ははっきりと断るのが悪いと感じて本音がいいにくい。反対に関東の人はおもいやりに欠けるところがあり、強く言い過ぎる節がある』と言ってのけました。本質をとらえていて素晴らしいと作者は感嘆します。
『第150段』稽古をする際の姿勢
作者は能の稽古を通じて、腕を磨くための姿勢の教えを説いています。能の稽古をする人で上達しない人の特徴は、下手なうちは人目につかない場で練習し、自信がついてから人前で披露しようというところ。早く上達するには上手な人の中で恥ずかしがらずに練習することが大事だということです。優れた才能がなくても、笑われることを恐れずに一心に稽古に打ち込めば名人の境地に達するのではと書いています。
『徒然草』の内容!作者の考え方を自由に綴った随筆集
『徒然草』の内容は、作者の吉田兼好の考え方や意見、頭に浮かんだことなどを自由にまとめた随筆。物事が刻々と変化する世の中に生きていたため、無常観が色濃く反映されています。皮肉や教訓めいた内容やあきらめの境地に達したものもありますが、今を大切に生きようとする前向きさも感じられますね。兼好の考え方に感銘を受けて、現代でも愛読する人も多くみられます。